コロコロと興味の対象が移り行く音方による、日々の熱い物を綴ってみた日記。   ※アダルト・商業系サイトやここの記事とあまりにもかけ離れたTBやコメントは削除させて頂いています。悪しからずご了承下さい。


by otokata
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レミゼ楽曲で気になる事 その1 ワン・ディ・モア

 今日は一日(一応)安静にしてました。
安静にしながら、94年6月号の『月刊ミュージカル』とか読んでいたら、”音楽には思想がある”ということで、共通のメロディーを使用したナンバーと、その意味が書いてありました。

 それは、簡単に書くと以下の通り。

・『バルジャンの独白』と『ジャベールの自殺』
 アイディンティティー捜しの歌 (これはおなじみですね)

・『オン・マイ・オウン』と『ファンティーヌの死』と『バルジャンの死』
 愛を求める歌

・『司教』と『カフェ・ソング』
 死の淵から甦る歌 (深いですね)

・『ラブリィ・レイディ』と『犠牲者たち』
 何も変わらない庶民の生活

・牢獄・失業者たち・乞食たちの冒頭
 抑圧され、希望もない庶民の歌

・「イン・マイ・ライフ」の最後の二重唱と『心は愛に溢れて』の最後の三重唱
 美しさと重唱の綺麗な響きが印象的 (その代わり難しいんですよね、コゼットが特に)

・『ワン・ディ・モア』
 <前略>それぞれの想いの重唱に、テナルディエ夫妻のテーマ曲=世の中を強かに生き抜こうというメロディが加わる。




どうせ寝てるだけで暇だったので(でも寝ないと治らない・・・)、細かくレミゼのメロディーを書き出して、歌ってる人と状況を分析してみました(って言ってもまだ途中だけど)。

 最初に気になったのが、『ワン・ディ・モア』でした。

 『ワン・ディ・モア』のメロディーって、主にこういう構成ですよね。

バルジャン・・・裁き、バルジャンの告白
マリウス&コゼット、エポニーヌ、アンジョルラスと学生達・・・夢破れて
ジャベール・・・警官のテーマ(今勝手に命名。実際なんていうかは不明)
テナルディエ・・・この宿の主のアレンジ

 ジャベールの”警官のテーマ”って書いたのは、主に以下のようなところで歌われているから便宜上一時的にそう記しました。

 ・『司教』の警官パート「釈明してみろ夕べの事を♪」
 ・『ファンティーヌの逮捕』の「話を聞こうか、誰がどうしたか♪」
 ・『馬車の暴走』の「奇跡を起こしたあなたのような♪」
 ・『ジャベールの介入』「またも喧嘩か馬鹿ないざこざ♪」(冒頭アレンジ)
 ・『STARS』のガブローシュの茶化し「大きな面して何様気取り♪」
 ・『ちびっ子仲間』の「好きな時に撃て、子供の遊び♪」(一部)
 ・『その夜』の「貴様は盗人!何が望みだ♪」

大体ここに挙げたのは同じメロディーのアレンジです。自分的には”ジャベールのテーマ”と言いたいんですが、『STARS』の立場もあるし、警官さんも歌ってるからそこはやめときました。

 で、バルジャンとジャベールとテナルディエはいいのですが、最後の「明日には分かる神の御心が~」以外残りは大体『夢破れて』のメロディーなんですよね、『ワン・ディ・モア』って。

・・・・・何でなんでしょう?

 「何を今更~」とか、「今頃気づいたの?」という方も多いでしょうが、すみません、今頃気づきました。

 美しい重唱になっているから、とりたてて無理やり穿った事を考えなくてもいいのでしょうけど、これだけ深い意味をこめてあちこちに同一メロディーを散りばめているので、やっぱり気になります。

 何故かこの号の『月刊ミュージカル』では『夢破れて』については触れられてないのですが、この曲って他に使われてるのは「これだけは誓う」「もう逃げられない~」「命ある限りコゼットを守り抜くぞ」くらいですよね。(他に見つけた方、音方にご一報お願いします。)

 ・・・・どうしてなんでしょう?

 『夢破れて』自体は、その名の通り希望を失った歌ですよね。マリウスとコゼット、それにエポニーヌパートなら該当するのは分かりますが、そこになんでこんな”誓い”とか「今その日が来た!」とかにこのメロディーが使用されるのでしょうか?

 だってこれ、希望に満ち満ちてますよ!?

 仮に”希望が敗れ去る曲”を使用する事で、革命が失敗することを暗示しているとしても、「コゼットを守る!」というバルジャンの誓いには適用されないわけですし。(ジャベにはあてはまっちゃいますけど・・・。)
そうじゃないにしても、失敗を暗示した『ワン・ディ・モア』ってやだなぁ・・・_| ̄|○

 では、”誓い”というキーワードはそのまま、『夢破れて』への見方を少し変えるとどうでしょうか。
 
 工場をクビになり、愛した人も昔の夢も戻らない・・・。
そんな悲痛な歌詞ではありますが、そこにもう戻らない自分の青春を捨て、コゼットへ全てを捧げる決意を新たにするファンティーヌの気持ちを汲み取ることも、流れとしてはおかしくないですね。途方にくれている最中だとは思いますが、ここからがファンティーヌの新しいスタートなわけですし(とはいえ、バルジャンに会うまで全く恵まれないスタートですが。)
 だから、最後のシレソシラーソーラーソー♪の間の、エプロンを持ってうな垂れて去っていく時に、「これからどうしよう。でも、コゼットだけは・・・」と思ってるだろうことを考えると、”誓い”とか”願い”とか、”一縷の希望”には・・・、なるかと(ちょっと無理やり?)。

 歌詞通りの”失望の歌”とだけ取らずに、”固い誓いの歌”とダブルミーニングで取れば、『ワン・ディ・モア』で失意のマリウス&コゼット、片思いのエポニーヌ、そして明日の革命に燃えるアンジョルラスや学生たちのパートとして(何とか)成り立ちますね。

 おおっ、さすがはクロード=ミシェル・シェーンベルク氏!!
なんて深いんだ!!改めて感動しました!!(もちろん間違ってても、無問題!!)

 ってことを、今日は発見しました。
これこそ、何を今更って方がいらっしゃったら、「まあ、音方だしな・・・」って生ぬるい眼で見てやってください。
 「いや、それは変だろう!」って方、ご意見大歓迎です!! 
 
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by otokata | 2006-05-21 21:10 | レ・ミゼラブル