コロコロと興味の対象が移り行く音方による、日々の熱い物を綴ってみた日記。   ※アダルト・商業系サイトやここの記事とあまりにもかけ離れたTBやコメントは削除させて頂いています。悪しからずご了承下さい。


by otokata
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東京に行く前に書き溜めてたエリザベート感想


 感想アップが遅くなりましたが、ウィーン版エリザベート!素晴らしゅうございました。

この日のプリンシバルは以下の通り

エリザベート・・・マヤ・ハクフォート
ルイジ・ルキーニ・・・ブルーノ・グラッシーニ
トート・・・マテ・カマラス
フランツ・ヨーゼフ・・・マルクス・ポール
ゾフィ・・・クリスタ・ヴェットシュタイン
ルドルフ・・・オリバー・ハイム
マックス・・・デニス・コゼルー
ルドヴィカ・・・キャロリーネ・ゾンマー
少年ルドルフ・・・ベンジャミン・フォン・ハンコ





 何ていうか、私が今まで観てきたエリザベートと、こんなに違うんだ、っていうことにまず驚きました。ハンガリーの革命家がいないとか、「愛と死の輪舞」がないとか、それくらいは知っていたのですが、トートとルキーニとエリザベートと、それ以外の人々の比重が違う。
 それに、演出とか舞台装置がまた・・・。
ヤスリをイメージしたというセットの上で、超越した存在であるトートや、全てをシニカルに俯瞰しているルキーニが踊る。
 チェスボードの上で、ゾフィや官僚が馬に乗って策を練る。
 「退屈しのぎ」では、皆新聞を読んだりコーヒーを飲みながら、何故か遊園地のゴーカートというか・・・、ゴーカートとしか言いようの無いものに乗ってるのとか、色々衝撃的でした。
 ツタの絡まっている衣装との相乗効果で、”虚構の世界”っぽい感じがしました。
 
 それに、本当に、エリザベートの一代記なんだな、と。
宝塚のように、各スターに見せ場を作って、トートとのラブストーリーに仕上げて、というのに慣れてしまっているので、プロローグの邦題「我ら息絶えし者ども」のところでルキーニ以外にソロが無い事にまず驚き。ゾフィもフランツもソロが無い。
 
 シシィはいつだって、闘っています。美しい闘いというよりも、凛としてるけれども、いつも必死にもがいてる、そんな感じがしました。
 一幕の最後、肖像画の額から出てきた彼女を見て、一瞬本物の肖像画かと思ってしまいました。美しい・・・!!

 トート、恋に落ちた瞬間とかよく分からない。
むしろ、「黒い王子、あなたの腕の中は暖かかったわ。どうして傍にいてくれないの?」とか、「全てから自由になりたいと思ったの。あなただけが私を理解してくれる。」と呼びかける、エリザベートの方がよっぽどトートに焦がれてる様に思いました。なのに次に出会うとものすごい拒絶だから、驚きましたよ。少女の頃にそんなやりとりがあったから、「トートはエリザベートが無意識で呼んでいるんだろうな・・・」と、思いました。

 そのトート、ハイネを意識したセクシーで美しい青年だそうですが、本当にものっすごく美しかったです。意外と感情を表に出すタイプ。何かをたくらんでいるような表情が多いな、と思ったり、「最後のダンス」でヤスリの上を大はしゃぎで暴れ回る姿が印象的。
 ・・・でも、ガタイ良すぎてスカートは似合わない気がしたよ、うん。
(意外と綜馬さんもそうだったんですよね。あれは多分そんな風につくってるんだと思うけど)
  
 ルキーニ・・・、私このルキーニ好きです。

 こう、私の中でベスト・オブ・ルキーニは常にトド様なのですが、ブルーノ氏のルキーニは、今まで見たどのルキーニとも違う。こう、宝塚も東宝も、ルキーニの狂言回し的な特殊な位置づけからか、イタリア人のアナキストだからか、狂気やシニカルさを思いっきり作ってるように見えたんですよ。いえ、それは嫌なんじゃないんですけど、でもこの人のルキーニは違った。作ってるように、見えなかったんです。地でいってるように、自然に見えました。自然にフッと、ルキーニの方に目がいくけど、話の進行や他のキャストの邪魔になるんじゃなくて、そこに彼がいる事が自然で空気のようで・・・。でも、ちゃんとルキーニなんです!もちろん、一人で舞台にいるときの空気も、観客を引きずりこむパワーを持っていました。日本語うまかったし(「マダム・ヴォルフのコレクション」)vv
 最初は「本場イタリア人はすごいな・・・」と、思っていたのですが、プログラムで役作りの姿勢や考え方を読んでいると、すごくしっかり考えている方で、これまた感心しました。

 それから、ルドルフ!!
 「僕はママの鏡だから」って、こんなに切ないナンバーだったの!?
思いっきり感情移入してしまいました。扉の向こうの、シルエットしか見えないシシィに訴えかけるルドルフがもう切なくて哀しくて、やるせなかったです。シシィ、日本版より冷たいな・・・。

 ・・・ただ、もう少し・・・、美しさが欲しかったというか・・・。そしたら度重なるキス未遂とかもっと楽しかったかと・・・

 「パパみたいに」(リプライズ)
私このシーン大好きなんですが、パパが声しか登場しないこと。それからシシィが最後に扇で顔を隠すのに驚きました。
 今まで庭園?で詩を作ろうとしてハイネに思いを寄せていると、心配したパパの亡霊が現れる。というシーンだと思っていたのですが、室内で声だけだと雰囲気が違う。降臨してる感じがする・・・。と、思っていたら、交霊術だったみたいですね、あのシーンって。その時代の流行で、シシィも興味を寄せていたという。何か、ほのぼのしてない(←あのシーンをほのぼのと呼ぶ私もどうかと思うけど、パパが心配して来たというのが印象的だったんですよ。)

 ハイネを呼ぼうとしてマックスを呼んでしまったのは、シシィに本当に必要だったからだと思うんです。自分の世界に閉じこもってしまったが故に、これからマイヤーリンクの悲劇が起こるわけだし、これが少しでも周りに眼を向ける最後で最大のきっかけというか、チャンスだったはず。
 でも、扇で顔を隠して、「パパみたいになりたい」と慕っていたマックスにまで心を閉ざしてしまうなんて、哀しすぎる。本当にシシィは独りなんだな、と思いました。

 と、なんだかダラダラした文章になってしまいましたね。
今回、本格的な引越し公演を観る事が出来たのは、ものすごく光栄でした。
マテとルカスの「闇が広がる」が観られなかったのは残念でしたが、思いっきり堪能しました。

 ちなみに、この日の一番の衝撃は、宝塚以外で『ファントム』を上演すると知った事でした。
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by otokata | 2007-04-11 23:30 | 舞台・役者さん