コロコロと興味の対象が移り行く音方による、日々の熱い物を綴ってみた日記。   ※アダルト・商業系サイトやここの記事とあまりにもかけ離れたTBやコメントは削除させて頂いています。悪しからずご了承下さい。


by otokata
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千穐楽だけど、やっぱりとりとめもなく書いてみた。


 何分おきで公式ブログにアクセスしてるのか、分からなくなってきてしまいました。
そんなすぐに更新されるわけないですよね、こんな日に(笑)。
分かっちゃいるんですけど、少しでも情報が欲しくてまたクリックしてしまう・・・。

 『マリー・アントワネット』千穐楽おめでとうございます!!
ブログの方も6月末には閉鎖と言う事で、とてもさびしくなります。
(今からせっせか去年のデータから保存しまくってるのは、内緒です・笑。)

 結局、自分の中で謎もたくさん残ったままだな・・・。すごいミュージカルだった。
特にオルレアン公とか、もっと歩み寄れたらよかったのに(悲)。
一番好きなのがあの人だといいつつ、一番分からないのもあの人だって、最近すごく自覚するようになりましたからね。脳内妄想ドリームとか、うっかり繰り広げてるうちに・・・(何やってるんだ、私!?)。
 いや、でも真面目な話、さっきも公式ブログ高嶋さんの楽屋訪問を読んでて(大分前だなぁ)、「オルレアンの目指した”自由”とは何だったのか?」とか書かれてて、一緒に考えてみたけどやっぱり分からなくて・・・。

 曰く、「自由とは力!」ですからねぇ・・・。
誰にも束縛されずに、自分の頭上にはもはや誰もいない高み・国の頂点に立ち、邪魔をする者、この世界にふさわしくないものを排除していく意味で、王位が欲しかったのかな、とか。「もしも」の一節とかちょっとそれっぽいし。位がないと、自分より無能な(と思わしき)人に頭下げたりしなきゃいけないから、自由ではないだろうし。まして、「オーストリアの血筋だ!」な人が王妃なのも耐え難いみたいだし。

 曰く、「権力は魔力」ですからねぇ・・・。
純粋に誰もを跪かせたかったのかな・・・と、思わないわけでもないのですが。お金ではない気がする。あの人財力ものすごいから。

 それにしても、フランスをより良い国に!みたいなのはあまり感じないから、あの人。
「自由」も「革命」も全て自分のため、ですよね。それは分かりますが・・・。
あの「われらは兄弟」のところだって、「そのあとどうするのよ!!」って、毎回つっこみたくなってしまいたくなりますし。いや、凱旋オルレアンはとても楽しそうなので、あれはあれで彼の望んだ事の一つの形なのかな、と納得していますが。そして、ますます分からなくなっていくのですが・・・(頭痛)。

 結局、オルレアン公の目指した世界が一番分からない。純粋に”王位”が欲しかっただけには見えない、深い人になってるから、余計に・・・。


 って、千穐楽なのに結局公爵のことばっかりになってるよ、私。

 それから、最近よく思うんですけど、このミュージカルってあまり原作にとらわれていないけど、このセリフは本当にアニエスらしくて、そしてこのモヤモヤな作品に近づく核心のセリフだな~って思います。

 「世の中を良くしたいのなら、まず人間を尊重するべきよ。傷つけるのではなくて。」 

 「革命は正しい、でもそれは人間を尊重するためで、人間を侮辱するためにあるのではないんだわ。」

 原作だとここですね。原作はアニエスが舞台版マルグリットのような役割を担ってるので、こちらの方が分かりやすいかもしれません。
 どこかで暴走して、いつしか迷走して、歯止めの利かなくなったフランス革命。
最初から革命を肯定し、参加していたけれども、そのあまりの無秩序・残虐ぶりに「これは革命じゃないわ」と悩み、もがきながらもその様子を真っすぐに見つめ、いつでも理想を信じていたアニエスの行き着いた一つの答え。だからこそ、静かでささやかなこの言葉が、これほど重みと説得力を持ってるんだと思います。

 生首行進のシーンや、裁判での証言と、アニエスの言う「革命の美名のもとに」「自分の卑しい本能を満足させているだけ」と思われる場面があって、「お祭り騒ぎで」「人間の顔が見えない」民衆による王妃の処刑シーンへとなだれ込んで、それぞれの思う自由に続いて不協和音の「自由!」。

 マルグリットにアニエスの叫びは届いたけど、自ら考える事も思いやる事もやめた民衆は、ただ暴力や復讐、欲望へと走って、結果があの暴走。ただ獣のように、本能の命じるままに。
 そもそも「人として扱ってこられなかった」民衆が人権を、そして自由を掴むために行動したのに、人を捨ててしまっては本末転倒ですよね。
 革命家たちも、舞台で早くも「恐怖こそ力だ!」って歌っていますが、その恐怖政治の行き着くところも周知の通り。人を人として扱わない殺伐とした時代は、長く続かず、結局は王政に逆戻り。

 「時代の過渡期に、それぞれが己の信念と正義を信じて戦う」
そんな時代に、憧れを感じます。特に幕末の日本とフランス革命なのですが。あ、いや、憧れって言っても、決してその時代に生まれたかったわけじゃありません、念のため!!
 
 けれどもそんな時代だからこそ、正解がないからこそ、自分自身をしっかり持っていなくては流されて終わるし、人間としての尊厳を失ってしまっては汚名や傷ついた世界しか残らない。そして、時代の流れの見えない者には破滅。

 それをこの舞台で特に感じました。
 色々な人のコメントとか聞いて、福井さんのとか特に具体的なヒントというか、一つの答えっぽい気もしましたが、そういうものを咀嚼して、それでまた帝劇に足を運んで、それで私が感じた事をダラダラと今書いてみました。
 「自由とは愛!」とか、そこまではいかなかったけれど、私が自由とは・・・っていうとしたら、何だろう?アニエスの「人間らしく」が一番共感するんだけど、それ以外だったら「調和」って言うかもしれない。自分と周囲とのバランス、自分と世界とのバランス、善と悪、富と貧、愛と憎しみ、そして、自分自身の気持ちが偏らずにいる状態。「みんな一緒」って言うのじゃなくて、その人らしさや個性、思想と社会が周りと調和してる状態。

 なんて事を思ってみました。

 それにしても、これでしばしMAともお別れだと思うと、本当に寂しいです。
本当、凱旋キャストで緊急DVD発売してくれないかな~、東宝さん。

 カンパニーの皆さん、本当に本当にお疲れ様でした!!
素敵な舞台を、ありがとうございました(;_;)
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by otokata | 2007-05-30 23:48 | MA